東京地方裁判所 平成6年(行ウ)310号 判決 1995年12月18日
東京都足立区西伊興四丁目三番一一号
原告
内田俊彦
東京都足立区栗原三丁目一〇番一六号
被告
西新井税務署長 太田原實
右指定代理人
小尾仁
同
古川敞
同
佐藤大助
同
神谷信茂
同
清水守
主文
一 原告の請求を棄却する。
一 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が平成四年三月三一日付けでした原告の平成二年分所得税の更正のうち総所得金額一三三四万二三七七円、還付金の額に相当する税額二二三万九三四三円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、平成三年三月一五日、平成二年分所得税について、総所得金額を一三三四万二三七七円、還付金の額に相当する税額二二三万九三四三円とする確定申告をした。
2 被告は、平成四年三月三一日、原告に対し、平成二年分所得税について、総所得金額を一三三四万二三七七円(右申告と同額)、株式の譲渡所得の金額(申告分離課税)を一億〇九四二円、納付すべき税額を一九六四万四六〇〇円とする更正(以下「本件更正」という。)をするとともに、三一五万七〇〇〇円の過少申告加算税を賦課する決定(以下「本件決定」という。)をした。
3 原告は、本件更正及び本件決定を不服として、平成四年五月七日、被告に異議申立てをしたところ、同年一一月九日棄却されたため、同月二一日、国税不服審判所長に審査請求をしたが、平成六年四月八日これも棄却された。
4 しかしながら、本件更正は、原告の所得金額を過大に認定した違法なものであるから、原告は、本件更正及びこれを前提とする本件決定の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし3の事実は認めるが、同4は争う。
三 抗弁(本件更正及び本件決定の適法性)
1 総所得金額
原告の平成二年分の総所得金額は、事業所得の金額三四四万九一九五円、不動産所得に係る損失金額二九六万一八一八円、配当所得の金額二〇万円及び給与所得の金額一二六五万五〇〇〇円を合計(損益通算)した一三三四万二三七七円(申告と同額)である。
2 株式の譲渡所得の金額
(一) 原告は、秋田県湯沢市内のパチンコ店「千億」を経営する丸勝物産株式会社(以下「丸勝物産」という。)の発行済み株式一〇〇〇株(一株の額面金額五万円)の全部(以下「本件株式」という。)を保有していたが、平成二年八月二九日、株式会社県南エンタープライズ(その後商号を株式会社インペリアルに変更した。以下「県南エ社」という。)に対し、本件株式を代金一億六〇〇〇万円で譲渡することを約し、同年九月一九日、本件株式の株券を県南エ社に引き渡し、同社から一億六〇〇〇万円を受領した(以下「本件譲渡」という。)。
(二) 本件株式の取得費は五〇〇〇万円であり、本件譲渡に要した費用の額は五八万円(契約書貼付印紙代一〇万円及び有価証券取引税額四八万円)である。
(三) 本件譲渡による所得は、「株式等に係る譲渡所得等の課税の特例」を定めた租税特別措置法三七条の一〇により、申告分離課税の対象となるところ、本件譲渡に係る収入金額は、本件株式の代金額である一億六〇〇〇万円であり、この金額から右(二)の取得費及び譲渡費用の額を控除した一億〇九四二万円が、申告分離課税の対象となる譲渡所得の金額となる。
3 納付すべき税額
(一) 総所得金額に係る税額
総所得金額一三三四万二三七七円から所得控除の額の合計額二三一万三二二五円を控除した課税総所得金額一一〇二万九〇〇〇円(国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数を切捨て)に、所得税法八九条一項所定の税率を乗じて算出される原告の平成二年分の総所得金額に係る所得税額は二五一万一六〇〇円(申告と同額)である。
(二) 本件株式の譲渡所得の金額に係る税額
本件株式の譲渡所得の金額一億〇九四二万円に租税特別措置法三七条の一〇第一項所定の一〇〇分の二〇を乗じて算出される申告分離課税の譲渡所得に係る所得税額は二一八八万四〇〇〇円である。
(三) 税額控除等
配当控除の額(所得税法九二条一項)一万円及び源泉徴収税額四七四万〇九四三円の合計四七五万〇九四三円(申告と同額)は納付すべき税額の計算上税額から控除される。
(四) 納付すべき税額
右(一)及び(二)の合計税額二四三九万五六〇〇円から、右(三)の金額を控除した納付すべき所得税額は、一九六四万四六〇〇円(国税通則法一一九条一項により一〇〇円未満の切捨て)であるから、本件更正に係る税額は適法に算出されたものである。
4 過少申告加算税額
本件更正によって新たに納付すべきこととなった税額二一八八万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切捨て)に、国税通則法六五条一項に基づき、一〇〇分の一〇を乗じて算出した金額二一八万八〇〇〇円と、同条二項に基づき、新たに納付すべきこととなった税額二一八八万三九〇〇円のうち、期限内申告税額二五〇万一六〇〇円を超える部分に相当する税額一九三八万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額九六万九〇〇〇円との合計額三一五万七〇〇〇円が、過少申告加算税額となるから、本件決定は適法に算出された税額を賦課するものである。
四 抗弁に対する認否及び反論
(認否)
1 抗弁1は認める。
2 同2(一)のうち、本件株式の譲渡代金が一億六〇〇〇万円であることは否認するが、その余の事実は認める。
同(二)の事実は認めるが、同(三)は争う。
3 同3(一)及び(三)は認めるが、(二)及び(四)は争う。
4 同4は争う。
(反論)
1 丸勝物産は、本件譲渡の時点において、(1) オリエント・リース株式会社(以下「オリエント・リース」という。)に対するリース料債務一〇四一万七〇〇〇円、(2) 西南信用組合に対する借入金債務二七五〇万円、(3) 株式会社大信販(以下「大信販」という。)に対するリース料債務六一三万〇二〇〇円、(4) 原告に対する借入金債務五六三六万五五五六円、(5) 平山仙勝(以下「平山」という。)に対する借入金債務三七五四万七二六一円の合計一億三七九六万〇〇一七円の債務を負っていた。
2 本件譲渡に際し、県南エ社は、丸勝物産に負債のない状態で本件株式の譲渡を受けることを要望したため、原告が、本件株式の代金名目で授受される一億六〇〇〇万円の中から、丸勝物産の右債務を弁済することとしたものであって、右一億六〇〇〇万円のうち右債務額に相当する部分は、本件株式の代金ではなく、右債務の弁済費用となる「預かり金」として授受されたものにすぎないから、本件株式の譲渡代金は、右一億六〇〇〇万円から丸勝物産の債務額一億三七九六万〇〇一七円を控除した二二〇三万九九八三円である。
3 そして、現実に、原告は、右一億六〇〇〇万円から丸勝物産の右債務全額を支払ったものであり、右一億六〇〇〇万円のうち、右預かり金相当額である一億三七九六万〇〇一七円は、本件譲渡に係る収入金額とならない。
第三証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
第一課税処分の経緯等について
請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
第二本件譲渡に係る収入金額について
一 抗弁2(一)の事実は、本件株式の譲渡代金額の点を除き当事者間に争いがなく、右争いのない事実と、成立に争いのない甲第五、第七、第九号証(いずれも書込部分を除く。)、乙第一、第二号証、第一一、第一二号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第三ないし第六号証、第一〇号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 丸勝物産は、昭和六二年三月三一日に資本金五〇〇〇万円で設立されたパチンコ店「千億」を経営する会社であり、原告は、その代表取締役であった。
丸勝物産と県南エ社は、平成二年七月一九日、丸勝物産が右パチンコ店の営業(店舗敷地の賃貸借に伴う敷金返還債権を含む。)を一億六〇〇〇万円で県南エ社に譲渡することを合意し、その旨の覚え書を交わしたが、その後、右営業の譲渡は、県南エ社が丸勝物産の全株式を買い取るという会社の売買の方法で行われることになり、原告と県南エ社は、同年八月二九日、原告の保有する本件株式を一株当たり一六万円、総額一億六〇〇〇万円で県南エ社に譲渡するとの本件譲渡の合意をし、「基本契約書」と題する契約書(以下「本件契約書」という。)を交わした。
2 県南エ社は、パチンコ店「千億」の立地条件や風俗営業の許可の価値を考慮し、営業権及び店舗(敷地の借地権を含む。)の価額を一億円と評価したうえ、これに原告の出資金五〇〇〇万円を加えた一億五〇〇〇万円の対価でパチンコ店の営業の譲渡を受けようと考えたが、交渉の過程で一〇〇〇万円を上積みして最終的にその対価を一億六〇〇〇万円とし、その金額をそのまま本件株式の譲渡代金額とした。もっとも、県南エ社としては、丸勝物産の従前の債務を負担することは避けたいと考え、どのような債務が存在するか定かでなかったことから、本件譲渡の合意に際しては、原告に丸勝物産が負担する債務の明細を明らかにさせてその弁済を約束させるとともに、それ以外の債務がないことを保証させることとした。
そして、本件契約書には、丸勝物産の債務として、オリエント・リースに対するリース料債務一〇四一万七〇〇〇円(分割金月額四七万三五〇〇円の残余二二か月分)、大信販に対するリース料債務六一三万〇二〇〇円(分割金月額一八万〇三〇〇円の残余三四か月分)及び西南信用組合に対する借入金債務二七五〇万円(分割金二〇〇万円の残余一四か月分)の三口の債務(以下「契約書中の債務」という。)が掲げられ、原告は、譲渡期日(平成二年九月一九日)において右債務をすべて弁済するものとし、また、右債務以外に債務が存在しないことを保証するとともに、第三者から丸勝物産の従前の債務について弁済要求等があったときは、責任をもって対処することを約する旨の条項が設けられた。
なお、本件契約書中に、原告が本訴で主張する丸勝物産の原告に対する借入金債務及び平山に対する借入金債務(以下「契約書外の債務」という。)に関する記載は全くない。
3 原告は、平成二年九月一九日、本件株式の株券と引換えに、県南エ社から合計金額一億六〇〇〇万円の銀行振出の小切手(額面金額が一億〇〇四〇万円のもの一通と五九六〇万円のもの一通)を受け取り、県南エ社に対し、右一億六〇〇〇万円を「丸勝物産の株式売買代金」として受領した旨を記載した領収書を交付した。
4 契約書中の債務のうち西南信用組合に対する借入金債務二七五〇万円は、右代金決済の前日の平成二年九月一八日に完済されている。
また、契約書中の債務のうちオリエント・リース及び大信販に対するリース料債務は、右代金決済の後も、丸勝物産名義の銀行口座からの振替えにより、月々の分割金の返済が続けられたが、その返済資金は、ごく一部が原告名義で右銀行口座に振り込まれているほか、大部分は株式会社ウチダコンピュータサービス又は丸勝物産の名義で右銀行口座に振り込まれたものである。
以上の事実が認められる。
二 右認定した事実によれば、原告は、丸勝物産が対外的な債務を事実上負担しない状態で本件株式を一株当たり一六万円、総額一億六〇〇〇万円で県南エ社に譲渡し、県南エ社は、右金額でこれを譲り受けることとしたものであって、本件株式の譲渡代金額は、被告主張のとおり一億六〇〇〇万円と認めるのが相当である。
原告は、丸勝物産が本件譲渡時に合計一億三七九六万〇〇一七円の債務を負っていたことを前提として、一億六〇〇〇万円のうち右の債務弁済費用相当額は、本件株式の代金ではなく「預かり金」として授受されたものであると主張し、前掲乙第二号証によれば、原告と県南エ社との間において、平成四年二月二〇日付けで、「基本契約書による取引は総額の一億六〇〇〇万円から売主側の責任で返済した一億三七九六万〇〇一七円を差し引いた二二〇三万九九八三円が実際の譲渡価額である。」旨記載された確認書が作成されていることが認められる。しかしながら、同号証及び弁論の全趣旨によれば、県南エ社の代表取締役として右確認書に記名捺印した宮本淳基は、東京国税局の係官の事情聴取に対し、右確認書は、かねてより原告に求めていた丸勝物産の定款原本の引渡しを受けるとの引換えに、その内容について深く考えないまま記名捺印したもので、本件株式の譲渡価額は一億六〇〇〇万円に相違ない旨述べていることが認められるのであって、右確認書の記載はたやすく採用することができない。そして、右確認書のほかには、当初の覚え書や本件契約書にも、また、原告発行の一億六〇〇〇万円の領収書にも、一定の債務弁済費用が「預かり金」として授受されたことを窺わせるような記載は全くないし、かえって、前記認定のとおり、西南信用組合に対する債務が代金授受の前日に弁済され、また、オリエント・リース及び大信販に対する債務が代金授受後直ちに全額弁済されずに従前どおり分割弁済されていることなどからすれば、原告と県南エ社との間で授受された一億六〇〇〇万円のうち一億三七九六万〇〇一七円が債務弁済のための「預かり金」である旨の原告の主張は到底採用することができない。
三 右のとおり、本件株式の譲渡代金額は、一億六〇〇〇万円と認められるから、本件株式の譲渡所得の金額の計算上、右一億六〇〇〇万円本件譲渡に係る収入金額になるというべきである。
ところで、原告の主張は、譲渡人が会社債務を代位弁済するとの前提で株式全部を譲渡した場合において、その譲渡所得を計算する際には、株式の譲渡代金のうち譲渡人が代位弁済すべき会社債務相当分は、株式の譲渡に係る収入金額にならないとの趣旨の主張をも含むものと解しうる余地があるので、念のため、この点についても検討するに、本件においては、契約書外の債務の存在についてこれを認めるに足りる的確な証拠が見当たらず、原告が弁済その他責任をもって対処すべき丸勝物産の債務の全貌は必ずしも明らかでないといわざるをえないがその点はさておくとして、資産の譲渡に係る収入金額は、本来、譲渡契約において対価として合意された金額によって認定すべきであるところ、そもそも株式の譲渡契約と会社債務の代位弁済とは法的には全く別個の問題であり、株式の譲渡人が会社債務を代位弁済した場合には、譲渡人は会社に対して同額の求償権を取得することとなるのであって、たとえその代位弁済が株式の譲渡代金を原資としたものであったとしても、そのことは当該株式の譲渡に係る収入金額の認定にいささかの影響を及ぼすものではなく、このことは譲渡人が会社に対する求償権を放棄した場合であっても何ら異なるものではないから、本件株式の譲渡代金のうち代位弁済されるべき会社債務相当分は、株式の譲渡に係る収入金額にならないということはできず、原告の主張は採用の限りでない。
第三課税処分の適法性について
原告の平成二年分の総所得金額が一三三四万二三七七円であること(抗弁1)は当事者間に争いがなく、本件譲渡に係る収入金額一億六〇〇〇万円から、当事者間に争いのない本件株式の取得費五〇〇〇万円及び本件譲渡に要した費用五八万円(抗弁2(二))を控除した本件株式の譲渡所得の金額は一億〇九四二万円であるから、本件更正には原告の所得金額を過大に認定した違法はない。
そして、本件更正に係る所得税額は、本件更正に係る総所得金額及び本件株式の譲渡所得の金額を基礎にして所得税法、租税特別措置法及び国税通則法に従って適法に算出されたものと認められる(抗弁3(一)及び(三)は当事者間に争いがない。)。
また、本件決定は、本件更正によって原告が新たに納付すべきことになる所得税額に基づき、国税通則法に従って適法に算出された過少申告加算税額を賦課するものと認められる。
第四結論
以上の次第で、本件更正及び本件決定はいずれも適法であり、原告の本件請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 橋詰均 裁判官 徳岡治)